カップ&ボール再考 4 おまけ

以前某テレビ番組で、あるプロマジシャンが (ほぼ)「ヴァーノンの手順」 を演じているのを見たのですが、その方のスライハンドは、すばらしく自然で、ある意味完成されており、その演技を生で観ているタレントたちが、リアルに驚きの反応を起こしているのが、視聴者にも充分に理解できました。

ところが、いよいよ 「嘘のタネあかし」 のパートになったときに、その方は 「本当の(しかも完璧な)フェイク・パス」 を観客に見せ、説明してしまったのです。

「うわっちゃあ~…… なんてもったいないことを…… ところで観客の反応は?」 (私の心の声)

最初タレントたちのリアクションは 「???」 といったものでした。 おそらくその説明の意味を理解できなかったのでしょう。 (当たり前です!観客はそのとき 「魔法 」を感じていたのですから!)しかし、それはすぐに、次のような質問へとシフトしました。

「いや、今確かに(ボールを)握りましたよね?」 それに対するマジシャンの答えは…… 「いえ、ただ(左手に)わたすフリをするだけです!」 そういいながら、さらに何度か 「フェイク・パス」 を実際にデモンストレーションしてみせたのです。

これは私の想像ですが、この方は、 「フェイク・パス」 の真の効果と、ご自身の 「うまさ」 を理解していないのだろうと思います。 もしかすると、かつてまだあまりうまくなかったころに、何度もバレてしまった経験を持っていて、 「この程度の技法は、観客側もすでに知っているものである」 そういった、思い込みが作られていたのかもしれません。

少なくとも、目の前で実際に 「魔法を見ている感覚」 でいたタレントたちの、次に起こしたリアクションは、実に理にかなったものでした。

「……そ、それじゃあ、ぼ、ぼくたちの今までの驚きは、い、いったいなんだったんですかあ~ 今までの感動を返してくれ~」

これはテレビ番組であり、そのタレントの方も、いわゆる 「お笑い」 の方であり、さらには、その番組を仕切る立場の人物だったからこそ、ある意味分かりやすく反応してくれたわけですが、これが普通の観客に対するライブであったならば、観客たちは一切のリアクションができないまま、正にシ~ンとしてしまったことでしょう。

この場合は、相手が一流のタレントであったからこそ、 「なんとか」 おさまりがついたのだと考えるべきだと思うのですが、画面を見ている限り、渦中のマジシャン自身も、そのようなタレントたちの反応を楽しんでいるかのようにも見え、(大御所の方だけに)他の奇術家に与える影響を考えると、コイツは相当マズイいんじゃないか? 私はそう思ったわけです。

 

ところで、 「タネあかし」 そのものに関する話をしてしまうと、ここでのテーマからは大きくはずれてしまうので、これ以上は触れないことにしますが、上記の話が、けして良い例とはいえないことは、充分にご理解いただけたかと思います。

せっかくなので、現在もっとも旬であり、その影響も大きいと思われるマジシャン、前田知洋さんがよく演じる、 「チョップ・カップ」 について考えてみましょう。

前田さんはかなり以前から 「チョップ・カップ」 をレパートリーにされており、

私自身、(生も含め)テレビ等で何度も目撃しています。

念のために言っておきますと、現在の氏の手順は、以前よりシンプルになっていて、おそらく 「チョップ・カップ」 本来の機能を使用してはいないように見えますので、 「シングルカップ・ルーティン」 と呼んだ方が正しいのかもしれません。

ただし、基本的な演技の流れは同じで、 「ボールはカップの下か、ポケットの中か? 」 そういったクイズのような演出?です。

最初に取り上げたマジシャンと比べると、技術的にはかなり落ちますが、技法を 「直接的な現象」 として見せているわけではなく、けして下手ではありませんし、テンポがありますから、充分に 「クイズ」 としては通じているわけです。

そして、ここでも問題になるのは、 「フェイク・パス」 の 「タネあかし」 なのです。

しかも氏の場合は、実際にクライマックスの前フリとなる、一段目、二段目において、まったく同じ手法を使用しているように思えますから、正に 「本当のタネあかし」 をしていることになります。 

 

そして結果的には、上記のマジシャンと同様に、その 「タネあかし」 を容易には理解することのできないでいる、観客役のタレントたちからの、おおいなる 「質問攻め」 にあうことになるのです。 そこでの演技の中断が、計算されたおもしろいものであればよいのでしょうが、見ている限りでは、けしてそのようにも見えません。

結論からいいますと、そういった無駄な行為は、はじめからやらなければよいだけなのです。 例えばスチールボールを使ったカップ&ボールで有名な、ポール・ガードナー氏は、このような 「ウソのタネあかし」 の部分を、簡単な動作と、理屈の説明だけで、さらりと流しています。 絶対に 「本当の動き」 を見せたりはしていないのです。 

前田さんの、 「シングルカップ」 における考え方では、見せたいのは 「クライマックスのレモン」 だけであり、そのためには 「前フリ部分をすべて犠牲にしてもよい」 かのように感じるのですが、これは以前 「カップ&ボール再考 2」 でも触れたように、けしてオススメできるやり方ではありません。

画面を通して観客たちを観察していても、 「くそ~ まーたやられちゃったよ!」

といった、あるタイプのマジシャンたちにとっては、うれしいリアクションが起こっているわけですが、このような反応を、奇術家が全面的にプラスと受け止めることに関しては、よく考え直すべきではないかと思います。

つまり上記のような反応は、裏を返せば、「だからマジシャンは信用できない」 「マジシャンって結局ウソつきで、ダマすことが生きがいなのね」 といった、マジックの長い歴史の中で、時代時代の観客たちの心理の奥底に、面々と受け継がれている、ダーティーなイメージを掘り起こしていることに他ならず、マジシャンがこういったタイプのトリックを演じ続けていること自体が、そのようなイメージを未だに払しょくできないでいる、大きな原因の一つとなっているからです。   つづく


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