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よく言われる?無意味なパケットの持ち替えや、それに伴うセレクトカードのアリバイ作りの説得力の問題、巧妙だけれども幾分不自然なディスプレイ、そういった傷になりかねない部分を “なくす” 、もしくは “目立たないようにする” といった工夫が必要なことはもちろんなのですが、 『ヴィジター』 を (以前説明したような) 現象面から考えた際に、もうひとつ観客には気にしてほしくない部分があります。

Qを4枚とセレクトカードのみ (計5枚) で行う現象と、ヴィジターという作品との現象的相違点は前回説明しましたが、この部分は見方ひとつで長所にもなれば、短所にもなるものです。

セレクトカードを2枚のQではさみ、 “半分に分けた” デックの一方に混ぜ込む。ここまでは問題ありません。

問題なのは、残った半分のデック (このトリックを終えるまで、マジシャンが手元に持ち続ける必要のあるパケット) の意味合いです。

本来であれば観客から見た際に、このパケットがそこにある必要性はまったくないのです。

つまりヴィジターの 『効果』 ということを考えた際に、最初の現象は演者の手にした、たった2枚のQの間にセレクトカードが出現するということであり、その時に実際には (関係のない) パケットを持っていることは、観客に覚えていてほしくないわけです。

ここで大きく二つの方法が考えられます。ひとつは手元にパケットを持たない。

※これは不可能ではありませんが、結果的に演者の技術的負担が大きくなりますし、同時に本来のこの作品が持つ幾つかの長所を犠牲にしなくてはなりません。

もうひとつは、手元のパケットを気にさせない工夫をするということです。

結論から申し上げますと、大抵の方がこの問題点に言及していないことを見てもお分かりのように、原案通りに演じても、この点は (一見) それほど気にはなりません。

理由はいくつか考えられますが、まずは多くのトリックがそうであるように、観客はこれから起ころうとしている事を知らないという点、大抵の優れた作品と同じように、このトリックのインパクトが強いため、全てを終えた段階で、観客側にそんな些細な部分を気にする余裕がないという点があげられます。

そして (無論これは私見ですが) そもそもその部分以上に、いくつかの強い弱点をかかえている作品であるために、そちらに目を奪われている間は、最終的にそこまで考えが及ばないということにつきるでしょう。 そして、こういった根本的な問題こそは、 『現象面』 を冷静に分析しなければ気がつきにくいことでもあり、そういった意味においては、このようなアプローチの仕方も充分に価値のあることであると私は考えます。  つづく。

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